
うたうははごころ 『劇場版☆歌え!踊れ!育て!ははごころの庭〜子供服は輪廻です〜』
2025年10月25日(土)〜10月26日(日)
Book&Article
丘田ミイ子
「これだったら来年も着られるかな?」
1着手にとる度にそう思わずにはいられないところが、子どもと大人の洋服の選び方の違いである。90cmの時は100cm、100cmの時は110cm、そうして7歳になった息子のアウターは120cmでいいところを130cmにした。洗濯が追いつかないほど気に入っていたスパイダーマンのトレーナー、サンタさんにお願いしたすみっコぐらしのパジャマ…どれだけ気に入っていても、子供服の寿命は短い。そして、それがさみしいのは子どもだけではない。衣替えの季節がくる度に、私は少し昔に思いを馳せる。今より少し小さかったあなたを。まだまだ「だっこ」ばかりだった頃のあなたを。
うたうははごころは、書いて字の如く母の心を歌う、ママさんコーラス演劇サークルである。俳優で脚本家、演出家としても活動する菊川朝子さんが2017年に旗揚げし、これまで様々なイベントに出演をしてきた。そして2025年秋、サークル史上最も大きな会場となる東京芸術劇場へ。『劇場版☆歌え!踊れ!育て!ははごころの庭〜子供服は輪廻です〜』は、舞台芸術祭「秋の隕石2025東京」のプログラムとして上演された。
うたうははごころという団体について、そしてその魅力について語ろうとするとき、私はどうしても、まずは私と朝子さんの出会いから話さなくては、と思う。「朝子さん」、「出会い」などと切り出すと、いつにも増して「劇評」というよりも「エッセイ」な趣になってしまうのだが、それでもこの団体について、この作品について私という書き手の文章を経由する上で、その情報はとても必要なものだ。そこには舞台芸術のいち取材者である私が見つめた時間もある。多くの人に知られてはいない、知られないまま、それでも確かにあった時間のこと。私はこの劇評を通じて、私が知り得るうたうははごころのことを伝えたい。私だからこそ綴れることを届けたい。その上で、この公演がいかなるものであったかが伝わればいいな、と思う。
私と朝子さんが初めて出会ったのは下北沢だった。すでに“演劇”的なシチュエーションであるが、演劇のライターと俳優としてではなく、同じ野外劇を同じ日に観に来ていた観客同士だった。他の多くの観客と私たちの決定的な違いは、子どもを連れていたこと。「親子向け演劇」というわけではないその演劇に、私たちはともに子どもを伴って来ていて、しかも偶然隣の席に座ったのだった。それだけですでに拠り所を見つけたような安堵に包まれたのだが、私たちの間にさらに思いがけぬ交流が生まれた。まだ1歳になったばかりの私の息子がひっくひっくと泣き出し、私があわてて抱っこしようしたのを気にかけて、朝子さんのお子さんがぬいぐるみを貸しにベビーカーまで駆け寄ってきてくれたのだ。そうして私と朝子さんは小さな子どもたちを介して、少し話をした。「何歳ですか?」とか「ご飯は食べさせてから来ました?」とか、そういうママ同士で繰り広げられそうな当たり障りのない話だったと思うけれど、やっぱりとても安心をした。その傍らで私の息子はぬいぐるみを抱きながらうとうと眠り、朝子さんのお子さんはぬいぐるみが恋しくなりちょっと泣きそうになり、その様子を見て、演劇の途中に少し目を合わせて笑い合った。それが私と朝子さんの出会いだった。
当時の私はまだ演劇の取材に本腰を入れ始めたばかりで、自分の境遇と重なることも影響して、とりわけ俳優や演出家の出産後・育児中の活動に関心を寄せていた。そんな私がうたうははごころの存在に行き着くまでにそう時間はかからなかった。そうして取材の申し入れをし、朝子さんと再会ができたのは2020年の2月。翌月の3月に上演する『歌え!踊れ!育て!ははごころの庭 2020春』の取材日だった。稽古場はうたうははごころメンバーのご自宅。いただいたマップを頼りに到着すると、そこはカオスだった。子どもを片手に抱きながら、あるいは背中に背負いながら、それぞれが小さな楽器を奏でたり、歌を歌ったりしていた。そこにはもう演劇の庭ができていた。自由な庭だったし、自由にするしかない庭だった。予定通りにいくことなんて一つもない中で、予定通りにいかなくても演劇はできる、ということを数人の母が、俳優が、普段着のままに表現しようとしていた。そんな中、公演はあっけなく中止になった。稽古場の取材をしたことを、あの素晴らしい庭のことを誰にも伝えられないまま、記事はお蔵入りになった。それでも生活は、育児は続いた。
以降も私と朝子さんは時々連絡を取り合った。イベントのお知らせをいただいたり、ニュース記事の確認を送ったり。『CHORUS IN CHAOS』のリリースの時には近所でお茶をしたりもしたし、そのCDを家でも度々聴いた。朝子さんが鳥取に引っ越しをしてからも「アデノと一緒にアタマジラミまでもらってきちゃいました」、「学級閉鎖大変ですよね」といった育児における事件を共有したり、その流れで、人生に起きた悲しいことや辛かったことをぽつりと吐露したり。そんなこんなで5年の時が過ぎた。そうして、私はあの庭にもう一度立ち会うことになった。立ち会えることになった。東京芸術劇場で。舞台芸術祭「秋の隕石2025東京」で。

開演30分前、シアターウエストの中に入ると、そこは数字に満ちていた。舞台上には60cmから140cmまでに区分が分けられたラックがあり、それ相応のサイズの子供服がずらりと並んでいた。「〜子供服は輪廻です〜」と謳っているように、開場から開演の間を利用して無料のフリーマーケットが開催されていたのだ。それぞれ違う、けれども、どれもそれなりに見覚えがある数字たちを視界の端々で追いながら、ふと猛烈な懐かしさから60〜70cmの洋服に手が伸びる。こんなに小さかったんだ。そうそう、この頃の服はオムツ交換がしやすいようにボタン式になったロンパースが多かった。肌着類はかぶれないようにこうやって外側にタグが付いていたんだっけ。舞台の端から端を過去から未来に向かって逡巡するように歩きながら、ふと現在地に足を止め、130cmのアウターを手に取る。観客はほしいものを自由に持ち帰ることができるだけでなく、譲りたいものを出品することもできる。私もサイズアウトした息子の服を2着持っていった。まさに舞台と客席で紡ぐ、サステナブルな“輪廻”システムである。
そんなこの上なく表題にぴったりな美術を背に、朝子さんがマイクの前に現れた。続いて、メンバーの俳優たちも続々と舞台上へ。普段はなかなか選ばない真っ白なブラウスの襟をきらきらと揺らしながら、やっぱり今日もある人は子どもを片腕に抱きかかえ、ある人は背中に子どもを背負い、今、歌が始まる。演劇が始まる。庭が生まれる。
一際賑やかな最前列の子ども席に目をやると、何人かの子どもたちが歌に合わせて踊り始めていた。あの中には、5年前の稽古場取材の日に抱っこされていた赤ちゃんもいる。すっかりと子どもになって、自分の足で立っている。予定通りにいくことなんてほとんどない世界で、子どもも大人も歳を重ねていた。重ねていくのだ。

『うたうははごころ唱歌』に始まり、「コンセントをなめないで〜」などの育児あるあるが笑いを誘う『やめて狂想曲』や、保護者会の中心で絶望を叫ぶ『保護者会』。寝てほしい時に全く寝ない子どもの謎を嘆いた『寝ない』や、幼き日の可笑しく愛らしい言い間違い(実録)をメロディにのせた『「良い、間違い。」』など、思わず頬が緩む珠玉のナンバーが続き、その前後にメンバー紹介と、それぞれに起きた育児の珍エピソードが語られる。眩しいほどの明るさと目が覚めるような清々しさに照らされた、楽しい歌唱と面白い独白。しかし、その向こうには光の見えない時間が、歌にでもしないとやっていられない真夜中や明け方が、辛さや焦りや葛藤や孤独があることをわたしたちは知っている。知っているから、たとえぴたりと同じ経験がなくとも想像ができるから、明るければ明るいほどにそれらの歌や言葉がぐっと胸に迫る。育児の壁にぶち当たり、ぶち当たるだけでは終わらず、その壁を突き抜けた歌が、演劇が、庭がそこにあった。育児でなくてもいい。さまざまな出来事を乗り越えたり、乗り越えずとも携えて、こうして今そこに人が人を抱きしめながら生きているということ。生きて、歌を歌っているということ。『劇場版☆歌え!踊れ!育て!ははごころの庭〜子供服は輪廻です〜』で起きていたことはそれだけだった。「それだけでいい」と思えることが堂々とそれだけであることは、本当はとてもむずかしい。本当はとてもむずかしいそのことを、うたうははごころは実現していた。いや、続けてきたのだ。5年前のあの日からずっと、その前からもずっとずっと。
この5年は誰しもにとって厳しい5年だっただろう。世界を揺るがすパンデミックがあり、価値観の相違を巡る衝突も多くあった。ゼロ距離がデフォルトの育児や子どものコミュニケーションを変えることは容易ではなかったし、それ以外のことでも大人も子どももすり減ったり、疲弊することが増えた5年だった。そんな時勢を一山越え、装い新たに開催された舞台芸術祭。「秋の隕石2025東京」は、つくづく素晴らしい命名だと思う。そして、うたうははごころという団体は、その名にぴったりだと改めて感嘆する。
わたしたちは、あなたたちは、光る時を待った。続けながら待っていたのだ。それはまるで隕石が大気と摩擦を起こしてもなお燃え尽きなかったことのように。
『だっこのうた』(作詞・作曲:太田みち)
そうだねそうだねだっこしよ
そうだねそうだねだっこしよ
いつまでたってもだっこしよ
いつまでたってもだっこしよ
そうだねそうだねだっこしよ
そうだねそうだねだっこしよ
いつかはきっとしなくなる
だからいまはだっこしよ
5年で子どもがどのくらい成長するかというと、寝ても覚めても「だっこ!」だった日々から、抱き上げることがほとんどなくなるくらい。服のサイズがおおよそ90cmから130cmになるくらいまでだ。ここまで来るのに一体何着の服とお別れをしたことかわからない。90cmから100cm、100cmから110cm、そうして今7歳の息子のアウターは120cmでいいところを130cmにしたけれど、それでももう「来年には着られないかもしれないな」。
衣替えの季節がくる度に、私は少し昔に思いを馳せる。そして、少し未来を想像する。今より少し小さかったあなたと、今より少し大きくなっていくあなたを。そうして、いつまでたってもともに生き続けるわたしたちを。
2011年より『Zipper』や『nina’s』(祥伝社)『リンネル』(宝島社)などの雑誌でカルチャーページを中心に文筆業を始動。現在は『ローチケ演劇宣言!』、『演劇最強論-ing』、演劇批評誌『紙背』、『NiEW』などの媒体で劇作家や俳優のインタビューや劇評を中心に執筆。CoRich舞台芸術まつり!や東京学生演劇祭などの審査も務める。『週刊ヤングジャンプ』(集英社)にて「ゲキドウpresentsヤンジャン演劇広報部」、『おちらしさんWEB』にて「丘田ミイ子のここでしか書けない演劇のお話」を連載中。ほか『茶碗一杯の嘘』(USO vol.2)、『誰が為のわがままBODY?』(USO vol.6)、『母と雀』(文芸思潮)、『人に非ず優しい夫、いい夫婦でない私たち』(note)などエッセイも寄稿。

2025年10月25日(土)〜10月26日(日)