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舞台芸術祭「秋の隕石2025東京」 閉幕のお知らせ

10月1日(水)から約1ヶ月にわたり開催していた舞台芸術祭「秋の隕石2025東京」が11月3日(月・祝)をもって閉幕したことをお知らせします。
初の開催となった今回は、演劇作家・小説家の岡田利規がアーティスティック・ディレクターを務め、池袋・東京芸術劇場を中心に、国内・海外の多様な舞台芸術作品14演目による「上演プログラム」、レクチャーやワークショップなどの「上演じゃないプログラム」、その両方を支える「ウェルカム体制(=来場サポートのこと)」の3つを展開。約22,300人が来場・参加しました。

Photo by Hajime Kato

アーティスティック・ディレクター岡田利規 メッセージ

 なぜ舞台芸術祭をやるのか? その問いにどう答えることができるでしょうか。
 もちろんこの問いは、わたしたちこの「秋の隕石」という舞台芸術祭をプログラミングする者たちが自らに対して絶えず投げかけているものでもあります。しかしここでは、自問ではないそれのことを言ってます。
 なぜ舞台芸術祭をやるのか? この問いには、舞台芸術祭をやることに意味があるのか? もっというと、価値などあるのか? 否ないでしょう、という含みがおそらくあるでしょう。その問いに対する自分なりの明快な回答を提示してみせる責務が、舞台芸術祭のひとつであるこの「秋の隕石」のアーティスティック・ディレクターであるわたしには、おそらく課せられているでしょう。
 舞台芸術祭に(のみならず、舞台芸術に? 芸術に?)価値があると思わないであろう人の考えをそれでもってくるっとひっくり返せてしまう説得力のある回答の言葉をわたしは持ち合わせません。そのかわりわたしはさしあたってこう答えます。この舞台芸術祭が引き起こし得たであろうささやかながら確かな余波の存在、それの持つ力、および価値を、信じています、そしてわたしにはその余波によってこの舞台芸術祭が成し得たことをはかりたいというイメージがあります、と。
 今回、「秋の隕石」はいかほどのことを成し遂げたでしょうか? この隕石は東京に、池袋に、そこに建つ東京芸術劇場とその周囲に、いかほどの変動・ショックを引き起こし得たでしょうか? それによってその地域への還元を施し得たでしょうか? この隕石はいかほどの、文脈たちの宴となることができたでしょうか? この隕石はいかほどのウェルカムをすることができたでしょうか? 東京という巨大都市で開催される国際的な舞台芸術祭として第一回めの「秋の隕石」は既存のパフォーミングアーツフェスティバルのフォーマット、グローバルなトレンドの単なる追随ではないまだ見ぬなにかを提示できたでしょうか? なにかちょっとでも、この現実社会の支配的ノリと一線を画す、隕石の名を冠するにふさわしいものとしてこの営みを実現できたしょうか?
 今年の「秋の隕石」に足を運んでくださったみなさんの、それを通して動いた心や想像力、刺激された感性や好奇心、めぐらされた思考がこの先どんなふうに働き、展開し、日々を、世界を、ささやかにでも変容させていくのかといったことは、GPSタグをくくりつけてトラッキングできるといったようなものではないので、把捉できません。でもそれらが余波となっていて、この先あちこちで、それは隕石の余波であるのだと自覚されることさえなしに広がり、低く響く。必ずしも芸術的創作行為を通して発揮されるものとは限らないそれらを、わたしは想像します。
 観客のみなさんと、今回わたしたちが紹介した隕石たちとの邂逅が生じさせた触発や衝撃、悦び、そして余波は、わたしたちにとっても大いなる糧であり、悦びであり、今後の「秋の隕石」を準備していくためのはかりしれないモチベーションです。同時に、今回ここに招き入れられなかった文脈、人々、招き入れられていると感じさせるにいたらなかった文脈、人々がいることも確かです。そのことは忘れません。
 今年の「秋の隕石」を体験してくれた、それによって隕石の一部となってくれた、観客のみなさん本当にありがとうございました。参加してくれたアーティストのみなさん、隕石を体験させてくれてありがとうございました。ご支援・ご協力いただいた関係機関の皆様にもこの場を借りて深く感謝いたします。そして、舞台芸術祭「秋の隕石2025東京」運営に携わったすべてのメンバーに心から感謝し、ともに心からの安堵をし、あとは余波をここに残して、舞台芸術祭「秋の隕石2025東京」の閉幕を宣言します。

舞台芸術祭「秋の隕石2025東京」
アーティスティック・ディレクター岡田利規

Photo by Hajime Kato
Photo by Hajime Kato
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